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猫は「福」そのもの

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小学生時代、実家近くのよく行く駄菓子屋に、いつも寝ている猫がいた。
店の中は薄暗いし、まったく動かないので最初は置物かと思っていた。
店はあまり繁盛しておらず、招き猫ではなかったようだ。

招き猫の始まりは、江戸時代になってからといわれる。
東京・世田谷の豪徳寺が発祥だというのは有名な話の1つ。

ある日、彦根藩主・井伊直孝(1590−1659)が鷹狩りの帰りに豪徳寺の前を通りかかった。
そのときこの寺の和尚の飼い猫が門前で手招きした。
直後にはげしい夕立となり、雨に濡れずにすんだお礼として直孝は、豪徳寺に多額の寄進をした。
寺ではこの猫をたたえ、死んでから「招福猫児(まねぎねこ)」をつくって売った・・・というのがその由来だ。

招き猫のモデルは、「おいでおいで」に見えるところから、「毛づくろいの動作」ではないかという説があり、結構、説得力がある。
そして、右手を上げているのは金運、左手を上げているのは客を招くものと考えられていた。
花街などで見られるのはもちろん左手の招きで、
ここから、右手を上げているのは雄、左手を上げているのは雌という考えも起こったという。
また、白は福招き、黒は除難免災、赤は疫病避け、など色にも意味があるらしい。

先日帰省して、駄菓子屋に行ってみたが、すでに閉店していた。
やっぱり寝てるだけじゃ、客寄せにはならなかったのだろう。

うちの猫たちはどうだろう。
右手も左手も上げない。金運さっぱり。
でも、「福」ははかりしれないくらい招いてくれている。

というか、うちの猫たち自身が「福」そのもの。


EOS-1DMarkII・EF15mm
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by norakko-nikki | 2007-05-27 14:30 |

猫時計

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猫の瞳は不思議だ。
周りの明るさによって瞳孔が細くなったり太くなったり、縦に変化する。
同じ猫科でも、虎やライオンは、まるいままで小さくなるか大きくなるかの変化だけだそうだ。

そんな猫の瞳は、かつて時計代わりに使われていた。

よく知られているのが、文禄慶長の役(1592〜98)の際、豊臣秀吉の命を受けて出征した島津義弘の軍団に、
7匹の猫がお供をしたことだ。

目的は、猫の瞳の大きさを見て時刻を知るため。

戦場で、兵士たちが猫の瞳を見つめながら、攻撃のタイミングを見計らっていたのだろうか?
“猫時計”が役に立ったかどうかは定かではない。

現在、この7匹の猫たちは、鹿児島市郊外にある「猫神神社」に祀られており、
毎年6月10日の「時の日」には、鹿児島市の時計業組合の人たちが、お参りをするという。

勇敢に戦った(?)猫たちが400年たったいまでも敬われているのは喜ばしいことだが、
戦争に駆り出されるなんて、猫たちにとってはいい迷惑だったろう。

うちの猫たちなんて、家の近くを散歩するのだってリード付き・お供付きなのに、
たとえ殿様の命令でも、戦争なんてとんでもない。

でも、臆病なうちの猫たちが戦場になんか行ったら、腰を抜かしてしまうだろう。
瞳孔だってフリーズしてしまうに違いない。

きっと役に立たない。

EOS-1DMarkII・EF15mm[1][2]、EOS KissデジタルN・タムロン17-50mmF2.8[3]
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by norakko-nikki | 2007-05-20 17:24 |

毎年が猫年

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古代中国で年数を数えるために使っていた十二支が、日本に伝わったのは6世紀半ば頃。
江戸時代には民衆の間でもよく知られていた。

猫はどうして十二支に入っていないのだろう?
それについてこんな民話がある。

昔々のある年の暮れ、神様が動物たちに、元日の朝、
新年の挨拶に一番早く来た者から12番目の者まで、順にそれぞれ1年間、
動物の大将にしてやろう、とのお触れを出した。
動物たちは、一番になろうと張り切って元日が来るのを待っていた。
ところが猫は、ねずみに騙されて、神様のところに行く日を間違えた・・・。

この手の類話は全国各地にあるという。
そのことは、猫が十二支に入っていないことを、
昔から多くの人が疑問に思っていた証拠だと思う。

しかし、この世に「猫年」が存在しないわけではない。
十二支は中国から周辺各国へ広まっていったが、
タイ、ベトナムなどの十二支には猫が入っている。

タイ、ベトナムに猫が入っていて、日本に入っていないのは謎、だそうだが、
タイでは猫は昔から大切にされてきたようだし、
国民性みたいなものが影響しているのかもしれない。

ともあれ、ねずみや牛の写真カレンダーは、鼠年、牛年でさえ見かけないが、
猫の写真カレンダーは毎年発売されている。
それに、十二支に入っていなくても、猫と暮らしていると毎年が猫年だし、
2月22日じゃなくても毎日が猫の日みたいなものだ。

それだけで十分すぎる。

EOS-1DMarkII・EF15mm
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by norakko-nikki | 2007-05-13 18:14 |

猫の冷や汗

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うちの猫たちは病院が大の苦手だ。
病院へ連れていくためのバッグを準備し始めると、
この世の終わりみたいな悲壮な顔をして
ちぢこまってしまう。

病院の待合室でもおびえて震えている。
少しでも恐怖心を取り払ってあげようと手を握りしめると、
肉球がほんのり濡れている。
汗だ。

猫は肉球にだけ汗をかく。暑いときにではない。
緊張したときにだけ汗をかく。
冷や汗。

うちの猫たちにとって、病院へ行くのは寿命が縮まるほどの恐怖なんだろう。
そしてその恐怖心は、飼い主にも伝染する。身が縮まる思いだ。
ついでに冷や汗も伝染して、暑くもないのに汗をかいてしまう。

「病院に慣れろ」といっても、こればっかりは無理だろう。
人だって、怖いものは怖い。
これからも、一緒に汗を流し続けるしかない。

EOS-1DMarkII・EF15mm
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by norakko-nikki | 2007-05-06 18:45 |

「猫に触れる」ということ

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動物行動学の研究で有名なマイケル・フォックス博士が1994年に来日し、
獣医相手に講演をした。
博士は、「相手を心配したりいたわったりする感情は犬や猫にもある」、
「ペットを飼える住宅を増やすことが、高齢者の福祉対策にもなる」などと述べた。

猫を撫でると血圧が安定したり、心拍数も正常になるなどの効果が認められているらしいし、
ボランティアの慰問猫が老人ホームのお年寄りのボケを治した例もあるという。

科学的な根拠はよくわからないが、猫と暮らしていると、
そういうことは実感としてよくわかる。
多分、猫好きにとって「猫に触れたい」という欲求は、
「食べたい」「寝たい」に匹敵するほどの根本的な欲求だからだろう。

犬にくらべて役に立たないと言われ続けてきた猫。
その汚名は、誤解に満ちている、と思う。

EOS-1DMarkII・EF15mm
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by norakko-nikki | 2007-05-01 22:12 |