いざ、死の期(とき)を迎えたときの…

No.1
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No.2
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No.3
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「この写真で、私が抱いている猫は『ゴン太』といい、いまの我家では、もっとも古顔になってしまった。
 夜ふけに、私と共にウイスキーをなめるのは、この猫である。
 ほとんど一日、書斎にいて、ボール箱の中にいるが、それでも、一日のうちの数時間は、ふっと姿が見えなくなってしまう。
 食べては眠り、眠っては食べる。彼らの人生は、それだけなのだろうか。
 いや、そのほかにも、我々が知らぬところで、彼らは彼らだけにわかる時間をすごしているにちがいない。関心するのは、いざ、死の期(とき)を迎えたときの彼らの、いずれもが立派であることだ。」池波正太郎「ねこ自慢」『作家の四季』より


撮影機材/EOS-1DMarkII・EF15mmF2.8(No.1、3)、EF17-40mmF4L(No.2)



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by norakko-nikki | 2007-01-08 20:08 |
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